最高裁判所第一小法廷 昭和25年(あ)2445号 決定 1952年8月21日
本籍
広島県佐伯郡飛渡瀬村三七六番地の二
住居
呉市吉浦本町一丁目五番地
医師
大下荒人
明治三四年五月二〇日生
右に対する麻薬取締法違反被告事件について昭和二五年六月九日広島高等裁判所の言渡した判決に対し被告人から上告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人新庄初一の上告趣意第一点について。
論旨は結局単なる法令違反、訴訟法違反、事実誤認の主張をいでないものであつて、刑訴四〇五条に定める上告の理由にあたらない(なお、麻薬中毒患者であるか否かの認定には所論のように特別の知識経験のある者の鑑定等を必要とするものではないし、本件ナルコポン水溶液の施用が所論両名の患者に併発した他病治癒の為になされたものとは原審の是認した第一審判決の認定判示していないところである)。
同第二点について。
論旨は単なる量刑不当の主張に帰し刑訴四〇五条に定める上告の理由にあたらないし同四一一条を適用すべきものとも認められない。
同第三点(追加上告趣意書)について。
論旨は結局単なる訴訟法違反の主張に帰し刑訴四〇五条に定める上告の理由にあたらない。そして原判決の所論前段の判示の趣旨とするところは、第一審判決の判示第一の(二)のように「一ヶ月に約十二回の割合で一回に一立方糎宛施用し又は約三日に一回の割合で注射施用し」というように判示すれば足り、その回数を何回、数量を幾何等と正確に判示することは必ずしも必要でない旨説示したものと解されるから原判示には所論のような矛盾も訴訟法違反も存しないので刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
弁護人大竹武七郎の上告趣意第一点について。
論旨は原審で主張も判断もされていないところであるばかりでなく、単なる訴訟法違反の主張にとどまり、刑訴四〇五条に定める上告の理由にあたらない。そして所論の第一審の審理手続が違法であるといえないことは昭和二五年(あ)三五号同年一二月二〇日大法廷判決(判例集四巻一三号二八七〇頁以下)の趣旨に照して明らかなところであつて、同四一一条を適用すべきものとも認められない。
同第二点について。
所論憲法の規定は偏頗や不公平のおそれのない組織と構成の裁判所の裁判を受ける権利を保障しているのにすぎないものであることは、当裁判所屡次の判決の趣旨とするところであるから、たとい控訴趣意書提出期間の通知を検事と被告人、弁護人とに所論のように同時にしなかつたとしても、同条規に違反するものとはいえない。されば論旨はとるをえない。
同第三点について。
論旨は原審で主張も判断もされていないところであるばかりでなく、原審の是認した第一審判決は、もともと本件ナルコポンが被告人によつて不正に入手し所持されていたものであるとは認定判示していないところであるし、また、所論麻薬取締法の各規定(四七条、四二条)は麻薬の入手の事由までも報告又は記録すべきことを要求しているのではないから、論旨は原判示並に所論法条にそわない事実を前提とする主張に帰し、いずれもその前提を欠きとるをえないし、刑訴四一一条を適用すべきものとも認められない。
同第四点について。
論旨は単なる訴訟法違反の主張であつて刑訴四〇五条に定める上告の理由にあたらない。そして、第一審判決並びに原判決が麻薬施用の罪及び記録不作成の罪について、その施用の都度又は記録不作成毎に別個独立の各罪が成立し包括一罪でない旨判示したのは正当である。次に、原判決の「回数、数量等を判示することは必ずしも必要でない」旨判示したのは自己矛盾でないことは新庄弁護人の論旨第三点に対する説明により了解すべく、また、旧麻薬取締規則が廃止され現行麻薬取締法が施行されたのは所論のとおり昭和二三年七月一〇日であるから、第一審判決第一の(二)の(ロ)の所論の事実を同日頃からと認定判示した以上理由不備の違法はない。従つて、本件につき刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
弁護人小林右太郎、同平山雅夫の上告趣意について。
論旨第一、二点は第一審判決の採証を非難し、事実誤認、訴訟法違反の主張をいでないし、同第三点は原審で主張も判断もされていないところであるばかりでなく、単なる訴訟法違反の主張にとどまるものであり(所論判示「所定の記録」は麻薬取締法四二条一項に定める事項の記録を指すことは判文上明らかである)、同第四点は結局単なる量刑不当の主張に帰するし、同第五点は独自の見解に立つて原判決の法令違反を主張し量刑不当を主張するにすぎないから、論旨いずれも刑訴四〇五条に定める上告の理由にあたらないし、また四一一条を適用すべきものとも認められない。
よつて刑訴四一四条、三八六条一項三号に従い裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郎)